2024.01.06
入院食での腸閉塞2日目。
どうにか流そうとお腹をさすりながら院内を歩き回ります。1時間歩いては横になってゴロゴロを何度も繰り返します。
しかし、全く改善しません。
また、この日の夕食から絶食となり、点滴が始まったことで歩きづらくもなり、ついお腹を強くさすってしまいました。
その結果…。
小腸が腹膜から脱腸してしまったのです。お腹の表面に小腸の形が見えパニックになりました。
すぐに看護師さんを呼ぼうとナースコールに手を伸ばすため身体をねじった瞬間…腹部に信じられない激痛が走りました。声も出せません。
ナースコールだけなんとか押し、看護師さんに声を振り絞って痛みを伝えると、急遽ドクターが来てくれました。
しかしこの日は土曜日で、来てくれた方は専門のドクターではありませんでした。
痛み止めの点滴を打ち、少し楽になったときに「閉塞の詰まりを確認しましょう」と鼻からの胃カメラを試みました。
しかし、あまりの苦しさと痛みから途中で胃カメラは中止し、レントゲンに切り替えて主治医に連絡をするというかたちになりました。
この日の夜は強めの鎮痛薬で乗り切ったものの、次の日は朝から寝ていられないほどの痛みが襲いました。過去に感じたことのない痛みでした。
その日は日曜日だったこともあり、医療者の人数が少なく、強い鎮痛剤が出せないと言われてしまいました。1日中泣きながら苦痛に耐え続けることになります。
その日の夜中、主治医が当直で私のもとに来て、すぐに血相を変えて手術の説明を始めました。
しかし、あまりの痛みで何を話されたのか覚えていません。ただその時は「なんでもいいから早く痛みを取ってほしい」それだけが願いでした。
朝の8時から緊急手術が始まりました。
すでに痛みでしゃべることはできず、中に入るとすぐに全身麻酔が施され、眠りにつきました。
目覚めるとICUではなく元の病室でした。痛み止めのおかげなのか痛みも全くありません。
看護師さんがなにか話していますが、その内容がわからないまま頷いてまた眠りについたような気がします。
翌日、思いのほか身体の調子がよく、管も少なく、「歩いてみましょう」といういつもの言葉で歩いてみると、病室を出て廊下を一周することができたのです。
痛みも、今までの痛みに比べればなんでもなく、ホッとしました。
主治医から今回の手術の内容を聞くと「小腸脱腸で穿孔していて腹膜炎になっていたため、穿孔部分を切除の上、ストーマを再造設した」とのことでした。
思ったより大事になっていて本当に驚きました。
福祉イラストレーター
人工肛門を保有するイラストレーター。
難病の潰瘍性大腸炎を患い、3年間の闘病も空しく回復の余地がなかったため大腸を全摘出し、人工肛門を造設。
1つ目の人工肛門は腸閉塞の末、小腸穿孔で閉じ、2つ目を造設。
この入院中にオストメイトのマンガを描き、それがきっかけでイラストレーターとなる。
現在はイラストレーターとして各種イベントや展示に出展し、各企業のチラシやPOP等の作成をしている。