株式会社ザイタック

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オストメイトご自身やご家族からのお手紙

2022.07.25

私がストーマ外来に携わらせていただいた約20年間は、毎日が学びと反省、関係者の皆様への感謝の連続だったような気がします。

ストーマ装具の選択や交換方法だけでなく、多角的な支援ができればと、生来のお節介癖も出てしまい、皆様にはご迷惑をおかけしたことも多々あったかと今更ながらに色々想起して、申し訳なく思っております。

しかしながら、難題が生じた際にはオストメイトの方のみならず、そのご家族や訪問看護師さんらと共に考え、居宅での生活様式などを詳しく教えていただきながら、創意工夫をし、生活の質の維持、または向上に繋がった時は、喜び笑いあい、涙したものでした。

そう、私のストーマケアの先生はいつもオストメイトの皆様でした。

そしてさらに、未熟な私をご指導くださったETナースの諸先輩や医師の方々、装具のサンプル品などをご提供いただいた業者の方々ほか、ご協力いただいたすべての皆様へ感謝するばかりであります。

私は熱意ややる気、一看護師としての思いは人一倍あったと自負していますが、一方で科学的思考が苦手で短絡的、感情的思考のところもあり、そこは変わらぬまま現役を退き早15年も経ちました。

今までに関わらせていただいた数カ所のストーマ外来のオストメイトご自身やご家族からお手紙を賜りましたので、以下、ご本人様からの承諾は得ていませんが、大切な言霊が感じられる文言のみ内容を要約してご紹介したいと思います。

お一人目 尿路系ストーマを保有されてから10年目の男性の方より、お葉書をいただきました。

ストーマを造設すると告知された時は頭の中が混沌としていてよくわからなかったそうですが、術前から通っていた水泳も諦めなくてはならないのかと、寂しく思っていた時に私に何かと励まされ、術後しばらくして医師からの許可も得て、恐る恐るプールに入るようになったとのことでした。

そしてだんだんクロールで泳ぐ距離を延ばし、ついに地球1周分ぐらい泳いだ気分になったので、術後10年目にお葉書をくださったとのことでした。

当時、70歳ぐらいの方だったと記憶しております。

お葉書からは人生を謳歌している様子が窺えて、私もそれをいただいた頃はかなり疲弊していた時期でしたので、かえってその方から生きるパワーをいただきました。

少しでも私がお役に立てたのだと実感できて、とてもありがたく感じました。

お二人目 尿路系ストーマを保有されて7年目の男性からお手紙をいただきました。

手術した当時は確か50代後半だったように思います。

まだまだ働き盛りで一家の大黒柱でしたから、将来への深い不安に悩まれたことと思います。

今でも不安そうなご夫婦のお顔が私の脳裏に浮かびます。私は夫人の話を特に傾聴しながら度々電話相談にも応じていたような記憶があります。

ある日、その方が自費出版された立派な俳句集が当時働いていた職場に届きました。すぐに拝読すると、がんの告知を受けた時の衝撃、その後の辛い心境やそこから前向きに病気と対峙する心境に変化する過程が俳句に詠まれていました。

その中に病棟看護師さんや医療者への感謝の言葉があり、温かい手といつも変わらぬ笑顔にたとえて17文字に書かれていました。拝読させていただき、今もお元気でご夫婦仲良く趣味を楽しまれているご様子に私もうれしくて涙を流してしまいました。

足利学校

史跡足利学校にあった『論語抄』のなかに、「曽子曰く、吾、日に三度我が身を省みる、人の為にはかりて忠ならざるか、朋友と交わりて信ならざるか、習わざるを伝うるか」というものがあります。

内容は、「私は一日のうち何回も反省する。相談に乗った時、本当に誠意を持って考えられたか、友に信義を尽くしているか、まだ自分の知識として完全に消化されていない事項を他人に教えたり伝えたりしていないだろうか」という意味だそうです。

私は、この孔子の弟子であった曽子の言霊を信条としながら働いてきましたが、今まで関わらせていただいた方々からのお手紙を拝読するたびに、その思いが蘇り、感謝するばかりです。

PROFILE
山名敏子 さん

看護師、リンパケアリスト

<略歴>
聖路加国際病院ETスクール修了(1989年)
日本看護協会皮膚排泄ケア看護認定看護師資格取得(1998年~2013年)
一般社団法人リンパケアリスト協会顧問
NPO法人E-BeC(乳がん患者支援団体)名誉理事
埼玉県知事看護功労章受賞(2017年)